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■ 永井隆コレクション01〜長崎の鐘 (8) ■
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四、救護
八月九日午前十一時二分、浦上の中心松山町の上空五百五十米の
一点に一発のプルトニウム原子爆弾は爆裂し、秒速二千米の風圧に
比すべき巨大なエネルギーは瞬時にして地上一切の物体を圧し潰し、
粉砕し、吹き飛ばし、次いで爆心に発生した真空はこの一切を再び
空中高く吸い上げ、投げ落したのであり、九千度という高熱が一切
を焼き焦がし、更に灼熱の弾体破片は火の玉の雨と降って忽ち一面
の猛火を起したのである。推定三万の人が命を失い、十余万人は重
軽の創傷を負い、更に放射線による原子病患者は数限りなく発生せ
んとするのである。空中に生じた煤煙と土煙とは一時全く太陽光線
を遮ったため下界は日蝕のように暗闇となったが、三分もたつと煙
の膨脹拡散するにともない、その密度が小さくなって再び太陽の光
と熱とをわずかに通過せしめるようになった。
独力で私が脱出して撮影室に現われた処へ施先生が顔を見せ、橋
本君、婦長さんの一団が駆けつけた。「よかったわ、よかったわ。」
口々に叫んで私に抱きついた。私は一人一人の顔をみた。尊い生命
だ、よく生きていてくれた。けれどもまだ足らぬ。山下君は? 井
上君は? 梅津君は?
「他の者を探して救いだせ、五分間後ここに集まれ!」
一団はさっと各部屋へ散らばっていった。施先生と史朗とが現像
室でがらくたを引き上げ引き上げ、下をのぞいて「おーい、おーい。」
と呼んでは耳を傾けている。反応はない。史朗が「森内君、死んど
るのか?」と怒鳴った。
レントゲン治療室の機械の間から長老が重傷の梅津君を救い出し
てきた。ぐったりとなって、鮮血にまみれた梅津君は廊下へべたり
と坐って「目の無かばい。」と言った。長老が「何言うか、目はあ
るばい。」といいながら、創をあらためている。目の上がざくりと
割られその他大小一面の創だ。婦長さんが「大丈夫よ、大丈夫よ。」
と励ましながら手際よく沃丁を塗りガーゼを当て三角巾を巻いてゆ
く。私は梅津君の脈をしらべ次々と手当の指図をする。「先生救け
て下さい。」「薬をつけて下さい。」「創を診て下さい。」「先生、
寒いです、着物を下さい。」口々に言いながら私らの周囲に異様の
裸形が群がって来た。そこら一面投げ飛ばされた患者のうち、息の
根の未だとまらぬ人たちである。丁度外来患者の診療最中だったか
ら、このあたりの廊下や室内に倒れている数はおびただしく、それ
が一様に着物を剥ぎとられ、皮をむしられ、切られ、土煙をかむっ
て灰色になっているのだから、まるでこの世のものとは思われぬ。
死んで動かぬ人の間をじりじりと這いにじり寄り、私の足首にしが
みついて「先生、助けて下さい。」と泣く。血を囁く手首を差し出
す。「お母さん、お母さん。」と泣き廻る女の子、子の名を呼びつ
づけてのたうちまわる母親、「出口はどこだ。」と怒鳴って走る大
男、「担架、担架。」と叫んでうろうろする学生、あたりはようや
く騒然となって来た。
私達はそこでただちに応急手当を始めた。三角巾も繃帯も間もな
く使い果たし、こんどはシャツを切り裂いては創を巻いていった。
十人、二十人、処置を終れば後から後からと「助けて下さい。」と
叫んで新しい傷者が現われ、いつまでもきりがつかない。私は片手
で自分の創を押えておらねばならず仕事がしにくいが、つい患者の
創につられて手を離して手当をしていると、まるで水鉄砲で赤イン
クをとばすように私の創口から血を噴いて、横の壁といわず婦長さ
んの肩といわず赤く染めてしまう。こめかみの動脈を切られている
んだ。しかしこの動脈は小さいから、まああと三時間は私の身体も
もてるだろうと計算しながら、時々自分の脈の強さを確かめつつ、
患者の処置をつづける。
友を探しに行った橋本君と椿山君とが帰ってきた。「いません、
運動場の畑へ行ったと思います。運動場へゆこうとしましたが、も
う途中は倒れ木と火と死骸とで通れません。基礎教室の建物はみん
な見えません。一面の火です。病院の中央は大火事で裏門との連絡
はつきません。負傷者の数は見当つきません。」こういう報告であ
る。山下、井上、浜、大柳、吉田、五人の看護婦の顔が次々目の前
に浮ぶ。死んだのだろうか、今息の絶えるところだろうか、重い傷
をうけてこの目の前の患者のようにのたうち廻っているのではなか
ろうか、それともなにかの蔭に無事に退避しているのかしら。生き
てさえいれば必ずここへ帰って来る。
それにしてもこれは戦争の常識にない一大事である。予想だにさ
れなかった大規模な惨害である。恐らくは歴史的な事件に数えられ
るものに違いない。腰を据えてかからねばならぬ。私は撮影室にど
っかりあぐらをかいた。施先生と婦長さんとが私の創に薬をつけ、
ガーゼを押しこんで圧迫止血をしてくれ、その上から三角巾でぎり
ぎりと締めつけた。しかし動脈出血だから三角巾はみるみる真赤に
なり、頤(おとがい)のあたりからぽたりぽたりと血をたらす。
「みんなで器械をしらべておいで。」
一同はまた私の周囲からさっと散って部屋部屋へ分かれて入った。
その間、私はじっと考えた。ここはまさしく血河の戦場と化した。
吾々は衛生隊であり、その活躍はこれからだ。断然踏み止まらねば
ならぬ。敵は更に引き続きこの爆弾を落すであろう。そうして一週
間以内に上陸戦闘を展開するであろう。浮足たったらおしまいだ。
混乱に陥ったら何も出来なくなってしまう。まず隊の集結、編成、
衛生材料の確保、食糧の調達、野営の準備、それが出来てから上下
左右の連絡、野戦病院の位置選定だ。いずれここは艦砲射撃の弾巣
になるだろう。患者は大急ぎで近郊の谷間へ集めねばならぬ。