テキストファイル化騎士団

美と健康 豊かな感性と暮らしをもとめて

永井隆「ロザリオの鎖」(013) 

永井隆「ロザリオの鎖」(013)

   科学者の夢想


 科学の進歩は人類に幸福をもたらすのか、それとも不幸をもたらすのか? とのおたずねはもっとも千万なことです。科学者は結局戟争に役立つ物を発見・発明したばかりではないか? とあなたはおっしゃる。なるほど火薬も航空機も電波も原子力も、そのほかありとあらゆる科学者の発見・発明が、この戦争に応用されはしました。そしてまた、科学者は国家から動員されて戦争に協力をさせられました。しかしながら、それだからといって、科学者が戦争という人類最大の不幸をさらに大規模にするために研究しているのだ、と断定していただいては悲しいことです。
 一発の原子爆弾は私の周囲をご覧のとおり破滅に陥れました。しかし私は、この原子力利用の基礎を築いたキュリー夫人が、まさかこんな事件を予想しつつ放射能の研究を始めたのだとは信じません。ノーベルの晩年の苦悩はあなたもよくご存じです。おそらく原子爆弾の完成に当たった科学者たちも、朝夕の祈りに長崎の駅を思い出し、胸を打っていることでしょう。罪は科学者の上にはありません。
 原子爆弾は、人類に向かって、宇宙にはまだまだ大きな利用資源が隠されているよ、と教えました。
 石炭がなくなり、石油がなくなれば文化は行き詰まりだ、と悲観していた人類は、あのピカドンでまったく新しい未開の沃野に飛び込んだのです。燃料、食糧、動力などの資源と、国土と人口との調節について、各国の政治家はこれまで外交と戦争とにその解決を求めて紛争を続けてきました。原子力の利用は、彼らの紛争の種の大部分を解消してくれると思われます。
 研究さえすれば、人類の生活を快適にする資源は意外なところから続々取り出されてくるのです。例を一つ一つ上げるまでもなく、この半世紀間におけるあなたの身辺の変化を見まわしなさればすぐわかります。そしてこの勢いで進めば、結局、衣食住については実に快適な生活ができるにちがいないと確信することができるでしょう。そんな世界になったら、人類はどんな問題を考えるでしょうか?
 今、多くの民衆は衣食住の不足に悩んでいます。したがって、だれもが衣食住の問題、つまり肉身保存のために頭を占領されています。だから霊魂の問題など考えてみる余裕はない状態です。ある政党なんかは、人民に霊魂の問題を考えさせないようにするため、わざと衣食住の不足な状態に人民の生活程度をおさえています。もし彼らに十分な衣食住を与えたら、もう肉身保存について頭を使わなくなるでしょう。そして必然的に霊魂について深く考えるようになります。
 科学者は、人類が肉身保存について苦労しないですむ世界をつくろうと念願しているのです。物質文明は精神文化を妨げると非難する声も聞きました。それは認識不足です。物質文明は、精神文化をしてまったく後顧の憂いなく発展せしめるための基礎工作です。
 大学の教授会においてすら食物の話に真剣な今日のありさまを見るにつけても、科学者は大急ぎで勉強せねばならぬと思います。

永井隆「ロザリオの鎖」(012) 

永井隆「ロザリオの鎖」(012)

   歯 車


 工場の焼け跡にちらばってる歯車みたいだね君は。水雷の部分品らしいが、今はなんの役にも立たぬものとみえて、ばらばらに投げ出され、ただ雨露にさびゆくばかり。全体がばらばらになると同時に、みずからも無力となってしまったんだね。全体主義国家が崩壊し、その窮屈な統御から解放されて、君は自由を得たはずだったが、君は自由にそこにねころんだまま、一人で立ち上がるすべも知らず、激しい時代の風雨にいたずらにさびゆくのではないかい?
 君は全体主義の犠牲者だねえ。令状一本で特攻隊に呼びつけられ、好むと好まざるとにかかわらず一つの型に切られ、全体の機構の一部分で何もわからずにくるくる回らされていたんだなあ。おまけに幼年学校派哲学の「無我」を吹き込まれてさ。無我というのは我を無くすことだ。まず我を発見し、我を完成し、この大いなる我をふたたび無くすのが無我の本道だ。ところが幼年学校出の指導者は、我の発見以前に無我を主張したんだよ。つまり、我をなくすのじゃなくて最初から我を無視した。言いかえると、てんで我がないのだ。個人の価値が無視されたのさ。兵隊は一銭五厘の葉書一枚で来るといって、まるで年賀郵便でも出すように、兵隊をふたたび帰らぬ戦線へ送り出したものだ。
 そして君自身もその哲学に酔わされ、身は鴻《こう》毛より軽しという言葉の内容をはきちがえ、一銭五厘ぐらいに我を評価していたんだろう。
 国家の興亡、天下の騒乱、身辺で狂号する有象無象、いっさいの感覚世界を離脱して、永遠の境地にどっかと座っている我を見いだし給え。この見えざる世界において真理の光に一度照らされ給え。万事はそれからだよ。
 君はきっと泰山よりも重く、風よりも自由なる我を発見する。この大いにして自由なる我を完成するんだ。完成されたる我をふたたび鴻毛よりも軽くするんだ。そういう人が集まってはじめて、民主主義の社会ができるのだよ。
 まあ、今日の世間を見給え。鴻毛より軽い連中が集まって民主国家をつくると騒いでいるが、まるでところてんで家を建てるようなものだ。一本立ちすればぶるぶる震える骨なしだから、一人の田中という男に会うために何百人も徒党を組んで赤旗立てたりなんかしてデモをやったうえ、いざ会見となると何十人も手をつながなきや文部省の門をくぐれないんだ。勝海舟が草葉の陰でしかめ面をしているよ。天下りはごめんだ、下から盛り上がる力を結集してやる、と口では叫びながら、一方では中心人物や指導者を探しているんだからね。こんな連中に任せておいたら、軍閥の代わりに勤労階級出身の独裁者をかついで、ナチスドイツの二の舞いをするようになるかもしれないよ。だって彼らのやり方は相変わらず全体主義だもの。なにしろ、焼け跡にちらばった歯車であるかぎり、だれかが集めて組み立てて動かしてくれなきゃ回らないんだからな。
 全体主義のかすをいっさい取り去って民主主義に切り換えるためには、一人一人が単なる部分品ではなくなることがまず必要だ。一人一人が一つの独立した機械にまで大成して、一つの工場の中で有機体的な作業を営むというふうにしたいものだね。
 我の発見! これぞ君が今日ただいまよりなさねばならぬ大仕事だ。「おれは何だ!」この命題を命にかけて考えてくれ給え。日本再建のかぎを纏っている若い君に、特にお願いします。


永井隆「ロザリオの鎖」(011) 

永井隆「ロザリオの鎖」(011)

   一つの試練

 あれから一年たちました。しかし一年たったとは思われぬ、なまなましい記憶でございます。朝戸をあくれば眼に入る灰の丘に夢ではなかったと嘆き、夕風とともに死骸のわからぬうちの子がひょっこりどこからか「ただいま」と元気よく帰ってきそうな気がして、星光の冷たくさす夜更けまでいたずらに入り口を開けて待っております。空をゆく雲、茂る青草、丘越ゆる道、野をゆく水、何ひとつ思い出の種とならぬはなく、麦を刈れば思い、芋を植えてはしのぶ。後ろ姿の似た老人をいつまでも見送り、同じ年ごろの子を見れば泣き、明けても暮れてもただ思い出の涙のうちに、この一年は夢のごとく過ぎ去りました。
 聖母の被昇天の祝日の前の告解の最中に、この聖堂の中において、美しい最期をお遂げなされし西田神父様、玉屋神父様。神父様方こそ、司祭としてまことの死所を得給いしものと言うべく、汚れなき小羊として選ばれし多くの霊魂を率いて天国にご凱旋あそばされたるものと、私どもは信じております。
 当時浦上原頭たるや満目荒涼、灰と瓦と石垣のみの廃虚。白日こうこう骨を照らし、夜風しゅうしゅう瓦を泣かしめ、煉瓦の山と化したる天主堂に、夜はかすかに飛ぶ蛍。人声絶えたる焼け跡にわずかにすだくこおろぎ。防空ごうに仮小屋に、迷える羊のごとくぼう然自失した私ども生き残り信者は、ただ涙に時を流してなんらなすところなく、浦上教会全滅の言葉は、まさに事実とならんとしておりました。
 しかるに今日、天主堂はかくのごとくほとんど完成し、ここを中心に信者集落は焼け跡に小さいながら復興しております。朝空高らかに響く再建の槌音、夕畑に遅くまで農耕にいそしむ人影、お告げの鐘は昔ながらの懐かしき響きを伝え、ミサにあずかる信者の数は日曜ごとに増しつつ、やがて浦上は世人の予想をはるかに越えて速やかなる復興をなし、たちまち昔日の浦上教会をふたたびつくり、さらに大いなるキリスト王国建設に進みゆくばかりの勢いを示すに至りました。この驚嘆すべき変化、この底知れぬ力は何より発したのでございましょうか。主任司祭中田神父様の高遠な理想、実践的な計画、万難を排する熱意、純粋な信仰の扶殖、灰の中に信者とともに泣く愛を教会活動の源泉となし、浦上大工左官組合の犠牲的作業、聖マルタ会、青年会、聖母の姉妹会の連日の勤労奉仕と祈祷、そのほか一般信者の霊的・物的・財的奉仕、これをまとめる宿老、教え方の努力などを、教会復興の一点に向けて昼夜兼行つとめたことも、たしかに大いなる力であります。
 しかしながら私どもは、私どものこの努力のほかに何か目には見えぬ大いなる力が加勢しているのを感じずにはおられません。否、むしろこの目には見えぬ力こそ浦上復興の原動力であり、私どもの努力はこれにわずかに添えられたるものにすぎぬと思わざるを得ません。この大いなる力こそ、取り給いしにより与え給うわれらの神、そのみ業のつねに賛美せられ給うべき全知全能のおん父より出ずる力ではございますまいか。地上において神より愛される村や町は多けれど、わが浦上のごとく深く神に愛さるる村はありますまい。数々の殉教、不断の迫害、原子爆弾。これらは皆、やがて教えを異にする者にさえ、神の光栄を世に示すための試練であったことを悟らしむるものであり、その尊き神の光栄を実現する神聖なる土地として選び給うのがいつも浦上であることを知らしめ給うのであります。
 浦上を愛し給うがゆえに浦上に苦しみを与え給い、永遠の生命に入らしめんがためにこの世において短きを与え給い、しかも絶えずみ恵みの雨をこの教会の上にそそぎ給う神に、心から感謝を献ぐるものでございます。
 神の御力によらず、ただ人の力のみをもってしては復興のできぬということは、異教徒の多く住んだ町々の焼け跡にまだ一軒の小屋も建たず、夏草の荒るるに任せてある状況をいちべつしても明らかでありましょう。浦上一万戸のうち現在復興したのはわれわれ信者のみであり、しかも浦上の信者はほとんど骨焼け跡に帰り来たって、聖体の中にまします唯一の神のみ前に集まったのでございます。朝に夕に浦上復興を祈る私どもの声を神にお取り次ぎくだされるは聖母マリア、聖ヨゼフ、聖ペトロ、聖フランシスコ・ザベリオ、日本の殉教者をはじめ諸聖人でございましょうが、さらに西田神父様、玉屋神父様が、同じ日、同じ時、同じ町にて肉体を離れた多くの美しき霊魂とともに親しく神のお耳近くでお願いしていらっしやるように思われてなりません。親に甘える幼子のごとく、キリストのみ胸にもたれしヨハネのごとく、またはキリストのみ足もとにひれ伏したマリアのごとく、神に浦上教会復興をおねだりしていらっしゃるのが目に見えるようでございます。浦上復興のため働いているのは、地上生き残りの信者よりはむしろ在天の霊魂ではございますまいか。私どもはむしろ、その弱き人間性より出づる不精と怠惰と欲情と利己心と世間的体面に災いせられて、神のみ業、諸聖人の通功の妨げをしているのではないでしょうか? 昨秋合同葬の際に私どもは、神父様をはじめ多くの霊魂に誓い、天国よりのお助けをこい願いました。しかるに弱く罪深き私どもは今日ようやくかくのごとき姿であって、ことに霊的教会の復興が物的復興よりもいちじるしく遅れていることを自覚せざるを得ないのは申しわけなき限りであり、自ら省みて恥ずる次第でございます。
 あわれみ深き神はかくも浦上に祝福を下し給い、ローマ教皇聖下はまた特に浦上のために祈り給う。米国をはじめ世界中より大いなる同情が浦上に集まりつつあることは、わが国において神の教えが公に自由を獲得したのみならず、宗教を司る文部大臣をはじめとして最高指導者階級に信者が任命せられ、日本における神のみ国建設の第一礎石をすえたこととともに、いずれも西田神父様、玉屋神父様以下多くの尊い犠牲の賜物でございまして、その功《いさお》は長く教会史に薫《かお》ることでありましょう。
 あれから一年たちました。八月九日という忘れ得ぬ日付は、さらに来年めぐり来るでありましょう。これからの一年、さらに次の一年、この一年一年の階段をわが浦上教会はいかなる姿を示しつつキリストの王国に近づくのでございましょうか? 私どもの責任また実に大いなりと言わざるを得ません。こい願わくは在天の西田神父様、玉屋神父様、並びに諸々の浦上信者の霊魂、さらに神にお願いして浦上教会復興の力を下さしめ給うように。私どももまた、この困苦欠乏の原子野に苦難を忍び、償いを果たし、やがて天国において相会う日をたのしみに、霊的並びに物的教会復興に力を尽くし心を尽くして働こうと思います。
 願わくは、死せる信者の霊魂、天主の御あわれみによりて安らかに憩わんことを。アーメン。
                   (昭和二十一年八月九日 慰霊祭祭詞)


永井隆「ロザリオの鎖」(010) 

永井隆「ロザリオの鎖」(010)

   透 視 室

 エックス線透視室に私が入ってゆくと、人品いやしからぬ老夫婦が立ち上がっておじぎをした。夫のほうが一歩前へ出てものものしく初対面の口上を述べ、なにぶんよろしくご診察をお願い申しまする、と言った。ものを言うたびに白いあごひげが大仰に動く。村社温泉神社の神官が、村医からの紹介状をもって大学病院へ出てきたところである。その紹介状によると
 ――朝な朝な鎮守の拝殿で打ち鳴らすどうの響きがさえなくなったので、変だなと思い始めたという。若いころには大した美声で、朗々たるのりとは一の鳥居の外まで響いたものだそうだが、この秋祭にはなぜか腹に力が入らず、のりとの途中で息切れがして困った。神官が近ごろ急に弱ってきたことに氏子たちは気づいたが、多分ご時世のせいだろうと思った。神国日本大勝利を単純に信じ込んで朝々早くどうを打ち鳴らし祈願を続けてきたのに、待望の神風が吹くどころか、敗戦と同時に高天原《たかまがはら》はおとぎばなしの本性をあばかれ、皇室の横に座っていた神々は突き落とされ、おまけに神社に対する寄付を隣組で集めてはまかりならぬとのきついお達しを受けては、神官たるものの影もうすくならざるを得まい。敗戦の犠牲者は多いが、神官はその中でも特別ひどい目にあったほうだろう。なぜと言ったって、先祖代々自らも信じ村民にも信じさせていたご神体がなんら神通力をもたぬ物体にすぎなかったことを証明されたのだから、拙者は間抜け者でござったと顔に書かれたようなもので、これでは村道もまぶしくて歩けない。精神的打撃にも増して経済的打撃はひどかった。これまではお上から年々お金をもらい、経費万端村から出してくれたので、質素ではあったが威厳を保ち得たけれど、これからは自力で食ってゆかねばならぬ。宗教としての温泉神社は、はたして経営が成り立つものだろうか? あるいは職業を変えねばならないかもしれぬが、こんな時にこそ相談相手になってくれる一人息子からは、ビルマへ攻めて行ったきり便りも来なかった……。
 神官はやせ細っていった。しかし、乏しい配給生活で、ことに闇などはできぬ身分だから、やせるのも当たり前と考えられた。ところが、だれもがひもじいひもじいというのに、彼だけは一向にひもじさを感じなかった。一ぱいのいもがゆに満腹して別にそれ以上ほしくなかったので、これは久しい耐乏生活に胃袋が訓練された結果だと自ら信じた。だから、氏子たちがどうも近ごろは腹がへってやりきれませんと言うと、そりゃ精神力が足らんからじゃとたしなめた。そして恐ろしい胃病のために自分の食欲がなくなっているとは知らなかった。すなわち、命取りの胃がんは腹の中で刻々大きくなりつつあったのである。
 さすが長年連れ添うてきた夫人の目は病気と見抜いた。食後の卓上に食い残しの皿が増したこと、食物の好みの変わったこと、これはただごとではない。夫人は心を決めて、ある朝、鏡を夫の手に渡した。神官はわが顔を見た。やせたことはすでに知っていたが、どきんと驚いたのは、ご自慢の白ひげがつやを失って、いやな灰色に変わっていたことだった。彼はあわてて腕を見た。皮膚は脂気を失ってかさかさと、まるでへびのぬけがらを張りつけたようである――。
 ――どこも悪くないと自分では思っておりますが、と言いながら、神官は村医の診察室へ現われた。村医の指先は腹の中にかくれている岩のごときかたまりをすぐにさがし出した。――しかし、あなたは胃がんです、とは開業医はすぐに宣告するものでない。ちょっと胃が悪くなっていますな。まあ薬をあげてみましょう。ずっと続けて飲んでみなさい。それから身体が弱っておりますから、今のうちにせいぜい滋養分をおとりになりませんか、と言った。神官は村医の言葉の中の今のうちに、というのがどんな恐ろしい宣言であるかも知らず、胃薬を受け取ると、晴れやかな顔をして社務所へ帰ってきた。
 夫人は夫の口から開いた診断がどうも納得ゆかず、こっそり村医の門を訪れて意外な宣告に打ちのめされた。胃がん、手術不能、余命あと百日、すでに手おくれで今は死を待つばかり……。病名を本人に知らせたら精神的に参って死期を早めるばかりだから、最後まで隠し通しましょうとの話。――せめてビルマから息子の復員するまで生きていてくれれば……と夫人は思ったが、わが温泉神社にいくら願をかけたところでききめのないことが明らかとなった今では、拝む気にもなれなかった。
 村医の門からとぼとぼと夕風の中を歩いてきた夫人が、いきなり声をかけられて、はっと顔を上げると、復員兵――しかも、ビルマでわが子と同じ隊にいた青年であった。夫人は復員兵の固い表情をじっと見つめていたが、どきんと胸をつく予感があった。彼の口の動くのが恐ろしくなって、何か逃げ出したい気分になった。青年は何度か口を動かしかけてはためらった。夫人の顔は次第に硬くなった。青年の目からぽろりと涙があふれた。それで夫人はいっさいを知ったのである。
 あと三か月しかこの世にいない夫の耳には、子の戦死を入れないでおこう。どうせあの世へ行ったら対面することだから……と、夫人はとっさに心を決めて、青年に向かい口止めを頼んだ。それから村長の宅へまわって、公報が来ても役場であずかって知らせないでおいてほしいと頼んだ。――けれども、こういう話はどこからともなく広がるものである。
 神官が死病にかかっていることも息子の戦死もいつのまにか村中に知れ渡ってきたので、この真相を本人に知らせぬただ一重の幕の役をつとめる夫人の心労は並大抵ではなかった。ただ一言誰かが口をすべらせたら万事休すである。どこからか悔やみ状が一枚来たらおしまいである。本人は耳をもっている、目をもっている、しかもまだ脚が動くので、どこへでも出歩く。夫人は八方に絶えず神経を使わねば防ぎきれない。来客があれば取り次ぐ前に玄関でこっそり口止めを頼む。手紙、葉書の来そうな時刻には門口に見張っていて、受け取ったらまず検《しら》べてからでないと渡されぬ。訪問してゆきそうな先々へは、あらかじめ出向いて注意をしてもらう。自分もまた、心の涙を外に見せぬよう、つとめて笑っておらねばならぬ。この、いわゆる神経戦には、ほとほと夫人も疲れはてた。
 夫人の顔色はにわかに悪くなった。さすがに長年連れ添うた神官がそれを見逃すはずはない。ある朝彼は、自分の白ひげのつやを調べたその手から鏡を妻に渡した。夫人はわが顔色の衰えを見たが、これは病気じゃなくて精神の疲れでしょう、とうっかり口をすべらせて、はっとした。しかし単純な神官はそれを生活苦のことと解釈し、老妻を元気づけるため、白ひげをしごいて「あはははは」と高笑いして、なあに、心配するのももうしばらくじゃ。息子がビルマから帰ったらすぐに嫁を迎えて、わしらは菊でも作ろうよ、と言った。夫人は、ぐっと目の底から突き上げる熱いものを抑え、出ぬ声をしぼり出して、夫の笑い声に合わせて笑った。
 ――どこにも悪いところはないと言ってはおりますが、と言いながら、神官は夫人を伴って村医の診察室に現われた。村医の聴診器は夫人の身体からは何の異常も聞き出さなかった。しかし、神官は納得しなかった。村医はそこに絶好の機会をつかまえた。かねがね村医は、何かよい折があったら神官を大学病院へ送って一度診察を受けさせたがっていたのである。いなかでは病人が死んだときに、あれは大学へまで行って手当てを受けたがだめだった、と言われるとだれにも満足してもらえるのだが、ただ本人に死病と気づかせずに大学病院へ送るところに技巧がいった。村医は巧みにこの時提案した。――外から見たところでは別に異常はありませんがね。いかがですか、一つ大学病院へ行ってエックス線でよく診てもらわれたら……。そして奥様だけじゃなく、ついでにあなたも――。
 ――こうして、神官夫妻は私の診察室にやって来たのであった。私はまず神官のほうを透視した。
 電灯が消える。まっくらな透視室。エックス線スイッチを入れる。さっと青く光る蛍光板。その上に瞬時にして人体の秘密は写し出される。一目見てそれとわかる胃がん。診断、予後、まったく村医の意見のとおりである。――透視はすぐに終わって電灯がつく。透視台に立つ神官の骨もあらわにやせた肉体は絶壁に危うくかかる老松を思わせたが、梢に下がるさるおがせにも似た白ひげに、飲みこぼしたバリウムがべっとりついているのもわびしかった。老松は絶壁を下りてリノリウムに立つ。じゅばんを胸に抱いてあたためていた夫人は、後ろからそれを心こまやかに着せる。私はそれを見ながら、行く末短い夫に仕える夫人の心を知った。
「いかがでしょうか?」神官はゆう然とたずねる。
「ええ……」私は口ごもる。
 大学は真理を扱うところである。ここではうそをつかぬことになっている。けれども今、何事も知らず、ゆう然と羽織のひもを結んでいる老神官に村して、私は何と言ったらよいであろうか? 羽織のえりを直しながら夫人の眼は、お願いでございます、お願いでございます、としきりに神官の肩ごしに私に呼びかけている。
「大したことはありませんでしょうな? 村医さんもそう申しましたが」神官は無邪気に聞く。
「まさか胃がんなんかじゃありますまいな?」
「ええ」やっと私は血路をひらく。「村医さんのご意見のとおりでございます」
「そうでしょう。村医さんの薬はよく合うようでございますから……」
 神官は安心して、足どり正しく透視室を出て行った。
 夫人を透視した結果もまた村医の意見のとおりで、別に異常はなく、気疲れのせいだった。診察を終わり身づくろいを直した夫人は、それでも最後の希望を私の口に期待して夫の病状をたずねた。私は、今度はあからさまに真相を打ち明けた。あと一か月したら食物が通らなくなり、床に寝たきりになるだろう。そして激しい痛みが来る。皮膚が黄色になったら最期が近いと知らねばならぬ。最後の二、三日はすやすや眠ったままで、マッチの火の消えるようにしずかな大往生であろう、と話した。夫人はいつの間にか腰掛けの上に小さくなって、顔も上げずに聞いていた。涙の出た時の用意に白いハンカチを手ににぎってはいたが、最後の望みの糸もここに断ち切られ、千々に思い乱れては、もう涙も出ないのであろう。さすがに神社という日本礼道の本家に暮らした夫人は、取り乱したふうを見せなかった。しばらくして夫人はしずかに立ち上がり、ていねいにお礼を述べて夫の待つ患者控え室へ出て行った。
 私はそのまま透視室に居残り、あまりにも悲惨な神官一家の運命を思った。日本は負けたものの、国民は民主国家の再建という新しい目標に向かい新しい勇気と希望とをもって新しい一歩をふみ出しているのに、この温泉神社の一家は神国日本の夢とともに滅びゆくのである。しかもその責任は一家のだれにもなかった。神官だっておそらく彼の一生は朝な朝な着る白いひたたれのごとく清らかに、罪けがれは常に払い給い潔め給うて来たにちがいないし、ビルマへ行った息子にしても戦車にぶつかって死んだというから正直者だったろう。こんな善意の人々の一家をこんなむごい目に遭わせたものはいったい何か?
 夫は死に、子の骨は還らず、夫人は老いの身を荒れはててゆく社務所の片隅にちぢこまって、これから先幾年、夫をだまし、息子をだまし、日本をだましたあの八百万の神々を恨み続けのろい続けることであろう。だが八百万の神々は実在ではなく、元来架空の想像神である。彼女が恨まねばならぬ相手は、真理を求めようとする勇気に欠けていた日本人自身である。――私はさっき夫人の座っていた腰掛けを見た。それはまるでどうの鳴らなくなった温泉神社みたいに、ひっそりとその場にあった。その腰掛けの前のリノリウムに白い物が落ちている。拾い上げてみたら夫人のハンカチであった。
 感情を表に現わさず、肩ひとつ震わさず、じっとこらえている日本の女性の強さは軽い反感を起こさせたほどだったが、やっぱり、手からハンカチの抜け落ちるのも気づかぬまでに彼女の心は泣き狂っていたのである。私は、このハンカチを届けて、もう一言しみじみと慰めてあげたい気持ちになり、患者控え室のドアに近づいた。
 話し声がもれている。神官の声だけ、間をおいてはたたみかけるようにもれ聞こえる。夫人のほうは返事もせずに、ただすすり泣いている模様――
「――ね、心配するな。お前もたいした病気じゃなかったんだろう? ええ? そう申されたんだろう? ね、なぜ泣くんだ? ――何も泣くことはないじゃないか。さ、元気を出しなさい、元気を。お前は元来気が小さすぎるんだよ。神経衰弱と申されただけでそんなに泣くなんて、おかしいじゃないか。――うむ、やっぱりそのくらいのことで泣くのも、その神経の衰弱したせいにちがいない。――私を見なさい。精神力だよ。ねえ、お前があんなに心配してくれた私の胃病だって、たいしたことはないと博士さんが保証してくださったのだよ。もう大丈夫だ。エックス光線で腹の奥まで見てもらったんだからな――」
 神官はしきりに無病の夫人を慰めている。夫人は夫を慰めるわけにゆかぬ。
「はい。私、元気を出しますわ」ようやく彼女は一言答えた。
「そうじゃ、そうじゃ。元気を出してくだされ。二人ともまだまだ死なれんからのう。息子の無事な顔を見るまでは……」
「…………」
 私はそっと引き返し、ハンカチを看護婦に渡して、あとで夫人へとどけておくれと頼んだ。


永井隆「ロザリオの鎖」(009) 

永井隆「ロザリオの鎖」(009)

  ご恩返し


「先生にはたいそうお世話になったことがございます、どうか今度こそご恩返しをさせてくださいませ」――こう言って、近所の人や何里も離れた村の人々が集まって来て、この家を建ててくださった。
「よいことはしておくものだ。人のために尽くしておけば、きっとよい報いがある。あの先生をごらん。ご自分は身動きも不自由な病人だし、家族といったら小さい子どもが二人とそれにばあさんだ。それなのに焼け跡に早くもきちんとした家を建てて暮らしていなさる。あれは先生が元気だったころ、この近所はもとより遠い医者のおらぬ村々で無料診療をして、たくさんの貧しい病人を助けてやりなさったから、助けてもらった人々が寄り合って、お礼にあんなりっぱな家を建ててあげたのだよ。施す者には百倍の報いがある、とはよく言ったものだ」――私について、世間ではそんなうわさをしているそうである。
 なるほど私は十数年の間、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会の会員として慈善診療にしたがってきた。日曜ごとに長崎港外の島々や海岸の漁村、山の中の潜伏キリシタン集落をまわって、貧しい病人に薬を与えたのだった。――このごろ病床についたきりで生活不如意な私を物質的に精神的に助け慰めてくれているのは、たしかにそれらの昔助けてあげた人々なのである。多くの戦災者が家がなくて苦しみ、食物が足らずに泣いているとき、こうして雨のもらぬ家に寝て、生命をつなぐだけの食物をまくらもとに並べていただけるのは、それらの人々のおかげである。
 世間の人は、このことを当然と考えている。のみならず、善業をせねばならぬと子どもに教える生きた手本だとさえ思っている。――ところが私自身は悲しんでいる、恥じているのである。
  「人に見られんとして人の前になんじらの義をなさざるよう慎め。しからずば天にましますなんじらの父のみ前に報いを得じ。されば施しをなすに当たりて、偽善者が人に尊ばれんとして会堂及びちまたになすごとく己が前にラッパを吹くことなかれ。われ真になんじらに告ぐ、彼らはすでにその報いを受けたり。なんじが施しをなすに当たりて、右の手のなすところ、左の手これを知るべからず。これなんじの施しの隠れんためなり。しからば隠れたるに見給うなんじの父はなんじに報い給うべし。――なんじら己のために宝を地にたくわうることなかれ。ここには、さびとしみと食いやぶり、盗人うがちて盗むなり。なんじら己のために宝を天にたくわえよ。かしこには、さびもしみもやぶらず、盗人うがたず盗まざるなり。そは、なんじの宝のあるところに心もまたあればなり」
 ガリラヤの山上で、イエズスはこう群衆に教え給うた。私は、無料診療の報いをこの世においてすでに得て、焼け跡に家を建ててもらったが、天国にまだ宝を積んでおらないのだから、天国において天にまします父より報いを受ける望みはなくなったのである。報いとして得たこの家、この寝巻きも、あといくらの月日私の宝であるのやら――。私は天国へ行ったら素寒貧だ。今となっては善業をする体力もない。
 私は、私の前にラッパを吹いたのだった。右手のなすところは左手どころか群衆に見せびらかしてやったものだ。教会の事業として、神のご光栄のために、と口では宣伝していたけれども、事実は私の事業として、私の名誉のために行なっていたのである。教会の名を利用し、神をだしに使って私の名を売ったのだ。それのみではない。将来の百倍の報いをあてにして施したのだ。貧しい人々を訪れていろいろの親切を尽くしたかもしれないが、そのときの私の言動に、将来の報恩を期待する何物かがあったのではなかろうか? ――なあに、困るときはお互いさまですよ。人間万事塞翁が馬、あなただって今に成功しますよ。私も落ちぶれることがないともかぎらない。まあ助けられたり、助けたり、これが浮き世の人情です。――そんなことをきっと言ったにちがいない。
 さもしい根性だった。


永井隆「ロザリオの鎖」(008) 

永井隆「ロザリオの鎖」(008)

   くろだい


 となりの嫁が里帰りの土産に塩魚をくれた。くろだいの生きのいいのを上手に塩してある。さっそく昼飯にいただこうと楽しみにして、台所の柱にぶらさげた。飯の上にのせて、よいお茶を熱くいれ、ぶっかけてさらさらとお茶づけにしたら……ああ久しぶりのごちそうだ。配給の少ない焼け跡暮らしで代用食ばかり食べている今日このごろのこととて、昼飯を子どもといっしょに待っている。
 ところが十一時すぎ、ぞろりとご来客だ。池田氏夫婦が佐世保からわざわざお見舞いに来てくださった。汽車の旅はむずかしいのによく来られたものだ。ずいぶん人が多くて、切符をやっと買って、浦上まで立ち通しだったという。話はそれからそれへとはずんでお昼になった。台所でばあさんが食事の用意をしている。さて、今朝もらった塩魚をこの遠くから来られたお客に差し上げたものか? それとも出さずにおいて晩に私と子どもとで食べるか?
 池田氏はしきりにズルチンの話をしかける。私はそれに何かいいかげんな返事をしながら、一ぴきしかないくろだいの塩物を出すか出さぬかでさっきから迷っている。あのくろだいは、今私の家にある物のうちのいちばんよいごちそうである。いや、近ごろこの焼け跡のどの家でも、こんな魚は手に入れたことがあるまい。遠来の珍客に出さねばならぬ。しかし、出したら後がない、私も食えぬ。幼子に久しぶりに魚を食わせようと思っていたのに、子どもの喜ぶ声も聞かれぬ。
 台所の障子が少しあいた。横目を使って見ると、ばあさんが問題のくろだいを右手に差し上げて、目くばせをして私にたずねている。私はこっそり首を横に振った。
 やがて何もございませんが……と言いながら、ばあさんが貧しい野菜料理を並べた。私も、なにしろ焼け跡で万事不自由なものですから、と嘘をついた。けれども、池田氏夫婦は心から喜んで食べてくださった上、こんな野原で清貧な生活をなさっているのには感心しました、とさえ言った。
 ――その夜の食卓にくろだいは出てきたが、歯をむいて、私をののしっていた。その目玉が私をにらみつけているので、はしが震えて食べられなかった。


永井隆「ロザリオの鎖」(007) 

永井隆「ロザリオの鎖」(007)

   ひとの物


 露霜を置くころになって、雑草がうら枯れたら、となりの庭先のとうがらしが目をひくようになった。あれをみそ汁に入れたら味もひとしおだろうし、体もぬくもるのだが、と思ったら、ふっとほしくなった。かわやに立って板戸を開けると、冬陽に映える赤光が日を奪って離さない。あれをこの庭先に移し植えたら、荒涼たる情景がどんなに美しくなることだろう。夕方いわしの配給があったので、おろし大根にあの赤とうがらしをすりこんで添えて食ったら、とまた思い出した。なんとかして一房でも手に入れたいものだ。そう思ったら矢も盾もたまらなくなった。しかし、私にも体面があるから、まさかとうがらし一房くださいと、となりの娘に頭を下げて頼みにゆくわけには参らぬ。頭を下げずにうまくわが物にする手段はないか、といろいろ策略を練ってみた。小人閑居してろくなことは考えない。
 さて、夕の祈りになる。今日犯した罪を天主の十戒や七つの罪源など一つ一つについて吟味してゆくうち、「第十、なんじ他人の所有物をみだりに望むなかれ」のところで、赤とうがらしに突き当たった。あれは忌むべき罪ではなかったのか? ――赤とうがらしがほしい、とふっと思うのは人情だから仕方がないとしても、それをそれまでであっさり思い切ればよかったものを、なんとかして手に入れてやろうと、よからぬ策略をあれこれ考えたのはいけなかった。
 他人の所有物をみだりに望んだために起こったいざこざは、昔から多いものだ。日本軍がマレーのゴム、スマトラの油田、山西の石炭、インドの綿などをみだりに望んだその結果が、今日のこの悲惨である。私だって、あの赤いとうがらしがほしくてほしくてたまらなくなり、今夜こっそり盗みに出かけたりしたならば、おそらく目から涙の出るくらいのことではおさまらなかっだろう。
 ――それにしても、いっさいの欲をすてたはずだったわが心の底に、こんないやしさが滅びずに残っていて、ともすれば芽を出そうとしているのを知って、わびしかった。



永井隆「ロザリオの鎖」(006) 

永井隆「ロザリオの鎖」(006)

    むかし

 日がかげったので、カヤノはまた小屋の中に戻って、私の横へもぐりこんだ。目やにに汚れた顔を見ると、しみじみ落ちぶれたのを感じる。私の腕をまくらにひとり語り――。カヤちゃんのおうちは障子があったねえ。お二階もあったねえ。おえんがわもあって、ぼたんが咲くと、おえんがわでお客さんとお茶を飲んで、おかあさんがいたねえ。おかあさんのぼたもち、おいしかったよ。利ちゃんとチコちゃんとカヤちゃんとままんごして、お花をたべて、けんかしてカヤちゃん泣いちゃった――。
 目が見えぬから、今日のカヤノは昔を見る。昔にありながらいつかカヤノは眠り、小さい手が私の胸をしきりにさぐる。


    がらくた

 誠一と二人で焼け跡の片づけに取りかかる。十五センチの厚さに灰や瓦やがらくたがつもっているのを掘り起こし、ふるいにかけて灰を取り、それは麦畑に入れ、瓦などは防空ごうにうずめる。私はけが人だし、誠一は子どもだし、仕事はなかなかはかどらぬ。ふるいをゆさぶっていたら、瓦の間に何か美しいものが見つかった。手にとってみると帯止めだった。
 布治名《ふじな》焼のうわぐすりは少しざらついていたが、てのひらにのせて見ているうちに、結婚後はじめて学会で京都へ上った帰り、山陰にまわって松江の大橋の近くの店でこれを求めたころの日々が、それぞれ短い場面のこまながら鮮やかに思い出されるのだった。よほど気に入ったものとみえて、この素朴な帯止めをよくしていたなあ。白い障子、干しがきをつるした縁がわ、びわの花がひそかに咲いて、蜂《はち》が軒の端に羽を鳴らしていた……。
 誠一が声をかけたので、目をうつつに開けば、わが影は灰の上に長《なご》うして、 脛《すね》吹き払う風も冷たい。骨のあったあたりにしゃがみ、ロザリオの祈りを唱えて、それで仕事を打ち切った。
 それっきり片づけをする勇気が出なくなってしまった。灰を掘れば亡き人の遺品がまた現われるであろう。忘れたいというのではない。あまりになまなましく思い出したくはないのである。
 近ごろ知り合いになった戸泉さんが、中学生三人をつれて、片づけの奉仕をしましょうと言って来られた。どんな小さながらくたでも、肉親のものには限りない思いがつながっている。ああ、あれはミシンの車だ、あれを踏んでいたなあ、と思い出したとたん、中学生は、何だ、ミシンか、二の三と叫んで勢いよく防空ごうへ放り込んでしまった。ああ、火のしだ、あの火のしで――と思う間もなく、戸泉さんが、こりゃもう役に立たん、とポイと投げ込んだ。思い出こもりて断ちがたきがらくたは、四人の非人情な手でさっさと防空ごうに投げ込まれ、夕方にはきれいな庭に変えられてしまった。戸泉さんが、ここに白バラを植えてあげましょうね、と言った。


    無一物処

 昼間はみんな建築材料を集めに出るので、ひとり留守番をしている。板戸を引けば鼻つき合わす客と亭主だ。玄関番もおかず、名刺もいらない。上座も末席もない荒むしろ二枚の一室。さあどうぞこちらへ、いやここで結構、などといらざるかけ引きをする余地もない。あまり威張って入ってくると低い天井がこらしめる。夕方になると帰りの荒野もこわいし、ここには灯もないから、長居の客は止まらず、電車が適わぬので無用の立ち寄り客は一人も来ない。電話がないから、こちらの都合も考えずにいきなりチリリンと騒がされる憂目も免れたし、ラジオも新聞もないおかげで、われとかかわりのない世間のできごとに頭を悩まされる悩みもない。押し入れも長持ちもないが、ふとんも晴れ着も持たぬから困らない。書庫を焼かれたけれども、この野原こそ幾千部の書にまさる読み物ではないか。
 柱の十字架を仰いで、私は黙想をしている。かたわらに「無一物処無霊蔵」の軸がかかっている。これは恩師末次教授がくだされたものである。


    鐘

 もとの浦上天主堂は赤い煉瓦造りで、正面左右に三十メートルばかりの高さの鐘楼がそびえ、大小二つの鐘がつるしてあった。大きいほうは毎日お告げの鐘に鳴らし、小さいほうは祝日に大きいほうといっしょに鳴らすことになっていた。小さいほうは金を多く含んでいるとのことで、うっとりするような好い音を響かせた。この響きは三キロ以上離れてもよく聞こえたものだった。その天主堂が崩れたので、鐘の運命をだれもが気にかけていたが、教会の宿老の田川さんが煉瓦の塊の間に小さいほうが落ちて壊れておらぬのを見つけた。大きいほうは壊れていた。田川さんは、若いころ先代とともにこの鐘をあの鐘楼につり上げた人で、トンビ宿老さんと呼ばれている。田川さんは、私の手で必ずこの鐘をもう一度新しい天主堂の鐘楼につり上げたい、と言っている。しかし、原子病にかかって一時は絶望だったほどだから、まだ仕事のできる体ではない。
 この荒野に、またあのアンゼラスの鐘の音が鳴り渡ったら……とは、ここに住むすべての人の願いであった。鐘をうち鳴らすことを禁止されてから、すでに幾年になるであろう。信仰の自由は与えられた。平和は取り戻された。しかし人民の心は荒れはてている。この野のように荒れはてている。今ここに天使のお告げの神聖な鐘の音が高らかに鳴り出でて、荒れた町の上をやわらかになでてゆくならば、どんな美しい共鳴を人々の胸郭内に起こすであろうか……。
 山田市太郎さんが本尾の青年に相談した。本尾の岩永君たちは、やりましょう、と乗り出した。それは十二月二十四日の午後のことであった。私も杖をついて天主堂へ行った。私は力が出ないから、そばに座って祈るだけである。司祭館の焼け跡に、注文しておいたかのごとくチェーンブロックがあったのは、いったいどうしたことだったろう。これがあるからには作業は順調に進むだろう。
 一同はまず地にひざまずいてロザリオの祈りを唱えた。そして神のご光栄を賛美するため、今夜のクリスマスにはこの煉瓦の塊の底にのぞいている鐘が空中につり上げられて鳴りますように、と一心に祈った。私ひとりはその場にひざまずいて、ずっとロザリオの祈りを続けることにした。青年たちは、山田さんの指図を受けて鐘のつり上げ作業を始めた。鐘楼のドームが横ざまに落ちている。それから煉瓦塊の山に丸太をわたし、それにチェーンブロックをつけた。あたりの煉瓦塊を片づけて鐘を露出した。それにチェーンブロックのかぎを引っかけた。さて、いよいよ引き上げだが、はたしてうまくゆくかどうか? なにしろ、大きな煉瓦のかたまりが崩れたまま不安定に積み重なっているので、どれか一つのかたまりが妙にぐらりと動くと、そばにうず高く重なっている全体が今にもダラダラと落ちてきそうである。人にけががあってもならず、鐘に傷をつけてもならぬ。一同は緊張して鎖をにぎった。
「天にましますわれらの父よ」
 一声祈って、ガラ、ガラ、ガラ、と引く、引いては止めて、また祈る。
「願わくは御《み》名の尊まれんことを」
 祈りを唱えてさらに引く。鎖はぴんと張ってきた。
「御《み》国の来たらんことを」
 み国の存在をあまねく知らすこの鐘を空高くつり上げよ、と鐘を引く。
「御《み》旨の天に行なわるるごとく、地にも行なわれんことを」
 鐘は宙に浮いた。祈っては引く鎖は、煉瓦の底にうずもれていた鐘を自由の空高くつり上げてゆく。
 夏陽は稲佐山に落ちようとして赤光が廃虚を照らす厳粛なひととき、ついに信仰の鐘は煉瓦の山の上に美しい姿を静止した。私は身じろぎもせずその情景を見守っていた。
 はるかに、はるかに南の港のほうから、荒野を越えてかすかな鐘の音が聞こえてきた。あれは大浦天主堂の鐘だ。昔は六キロ離れたここまでは響かなかったものだが、町がなくなり林が払われたので、音が届くのであろう。
「お告げの祈りをしよう」
と山田さんが言ってひざまずいた。青年たちもその場にひざまずいて、いっせいに、
「聖父《ちち》と聖子《こ》と聖霊との御《み》名によりて。アーメン」
 右手を額にやり、胸にやり、左の肩から右の肩へ動かして、十字架のしるしをする。岩永君が鐘の玉につけたワイヤを引いて打ち鳴らした。
「カーン、カーン、カーン」
 うやうやしい祈りがみんなの口からささげられる。
「主の御《み》使いの告げありければ。マリアは聖霊によりて懐胎《かいたい》し給《たま》えり」
「カーン、カーン、カーン」
 鐘は幾年ぶりに浦上の丘の上を鳴り渡る。散在する小屋という小屋からは、まるで奇跡にでも会ったように、あわててキリシタンが飛び出した。そして、あちらでもこちらでも、そのままその地面にひざまずいて祈りをささげ始めた。
「カーン、カーン、カーン」
 神が人類を罪より救うため人の子となり給いし大いなる愛に対する感謝をこめて、
「しかして御《み》言葉はひととなり給《たま》い、われらのうちに住み給《たま》えり」
 鐘の音のひびく極み、人々は涙にむせびつつ荒野に祈りをささげていた。
「天主《てんしゅ》の御《おん》母聖マリア、罪人なるわれらのために、今も臨終の時も祈り給《たま》え。アーメン」


永井隆コレクション02〜ロザリオの鎖は 

永井隆コレクション02〜ロザリオの鎖は、記事別カテゴリーのなかの

「永井隆コレクション02〜ロザリオの鎖」の中に全部はいっています。

ただし、メルマガでテキスト化が終わってるものだけですが。
[ 2005/10/12 11:47 ] [文芸]永井隆コレクション02〜ロザリオの鎖 | トラックバック(-) | コメント(-)

■ 永井隆「ロザリオの鎖」(5) ■ 



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■ 永井隆「ロザリオの鎖」(5) ■
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    たき火

 町がなくなって昔の丘に帰ったら、距離は半分に縮まった。向こ
うの丘の小屋で夕の祈りを唱えるのが、じいさんの声、守ちゃんの
声と聞き分けることさえできる。それに合わせて私の小屋でも祈り
を始める。おとなりも加わった。なんだか一つの家族になったよう
だ。
 夜になるとたき火があちこちに赤い。そこから話し声が高々と聞
こえてくる。さながら神話時代にいるように人なつかしい。


    復員兵

 向こうの丘に復員兵が現われた。大きな復員袋を背負い、よろよ
ろとやって来て、立ち止まってはあたりを見まわし、また少し行っ
てはそこらをさがす。やがて何か目じるしになる庭石でもあったの
だろう、すたすたと四、五歩行って地面をじいっと見つめていたが、
「おおう」と泣き声を出すとともに、袋を背負ったまま、へたへた
とその場に腰をついてしまった。しばらくは身動きもしない。――
それをどの小屋からものぞいて見ておりながら、誰ひとり出てゆか
ない。涙にむせて、呼ぶ声も出ないのだ。あれは山田さんだよ。南
から今帰ったんだ。家族は全滅したんだよ。死ぬ覚悟で出た人だけ
が、ああして生きて……。
 戦争はするもんじゃなかばい――と、特攻帰りがつぶやいた。


    花の日

「浜の町を通ったら、こんな物売りつけられたばい」
「何ね?」
「花の日の花たい。市役所の引揚者援護資金募集のさ。二円だよ。戦
災者だから買わなくてもよかろう、と言って次々三人はことわったば
ってん、四人目にはうるさくてたまらんからとうとう買ってやった」
「そう――そんなら、明日町へ出て、わたしも買おう」
「おやおや、姉さん。家建てるといって大事にためてるお金じゃない
か?」
「ええ、そうよ。だから、わたしたちみたいに、お金のほしがる人の
ことを思ってみんね」


    貧しさ

「いやあ、すっかり貧しくなっちまいましてね、ははははは」
 今日もまた、訪問客に向かって私はそう言った。これが、このごろ
の私の自慢になっている。――この自慢は、おれは百万長者だよ、と
言うのとまったく同じ根性なのである。ただ符号がプラスとマイナス
と違うだけのことだ。貧しさを鼻にかけるようじゃ、清貧ではなくて
濁貧である。濁貧は貧しさを盾にとって社会的責任を避けんとするも
ので、長者よりなお悪い。


    目の見えない人

 カヤノが、はやり目を誰からかもらってきた。おとといは目をしょ
ぼつかせてこすっていたが、今朝は目やにがたくさん出て目があかな
くなってしまった。小屋の中はうすら寒いので、日当たりのいい井戸
端へ誠一に手を引かれて行った。急に見えなくなったものだから、足
もとは至っておぼつかない。瓦やれんがにつまずかねばいいがと、こ
ちらからはらはら見ていると、わざとつまずくのかといいたくなるく
らい、いちいち引っかかって倒れそうになる。荒涼たる廃虚を小さい
兄に手を引かれてゆく姿を見ていたら、ふっと広東の盲妹を思い出し
た。
 カヤノは井戸端の石に腰かけて、「これこれ杉の子起きなさい」と
声を張り上げて歌っている。つるべに向かって歌っている。目の前で
聞いているものはつるべだとは知らずに歌っている。口を大きくあけ
て歌いつづけているが、目がありやなしの細いすじになっているので
表情は動かない。冷たい石像のようだ。私はあの広東の盲妹を思う。
井戸端に腰かけていて、水汲みびとの足音が近づけば歌い始めたあの
小さな盲妹を。


    住 居

 住居再建は、まず防空ごう生活から始まった。一つの隣組の生き残
った者が何人か隣組の防空ごうに集まって、取りあえず死体の整理と
負傷者の手当てを行なった。降伏と同時に、はじめて大空の下へ出て
呼吸した。ごうの中はじめじめして長く生活できるところではない。
戦争がすんだので、隣組の組織もおのずから解けて、こんどは近い親
類が寄り集まって丸太とトタンの小屋を作った。私の住んでいるのは
この第二期の住居なのである。手間のそろった親類の組は、すでに第
三期の住居を建ててしまった。それは、各家庭の仮建築をそれぞれ自
分たちの手で建ててまわるのである。倒れただけで燃えなかった家を
解いて、その材料でひと間のバラックを数軒建てる。そうして各家庭
はそれに引き移り、それからこんどは第四期の本建築を計画するわけ
である。本建築は本職の大工に頼まねばならぬし、材料もずいぶんい
るから、なかなか大事業だ。しかしここはカトリック地区で、昔から
何事も相互扶助でするから、案外早く本建築の立ち並ぶ日が来るかも
しれない。バラックは、本建築の家ができ上がったら物置きになる予
定である。
 しかし、その前に天主堂を建てねばならない。神のお住まいが第一
だ。一日も早く天主堂を建ててご聖体をお迎えしなければ、この村に
生命が入らない。


    あいさつ

「やあ、生きていましたか!」
 これは焼け跡の道で出会い頭に交わすあいさつである。生きている
人間よりも死んでいる者のほうが多いのだから、これはもっともな声
である。だが、こんなあいさつをする人はほんとうに親しかった人で
はない。ほんとうに私の生死を気づかっていた人は、こう叫んで飛び
つく。
「おお、さがしたぞ! どこにいたんだっ! バカ」
 石見の国、三瓶山のふもとから妹が見舞いに来た。大きな背負い袋
を背負ったまま枕もとへ来て、私の頭の三角巾を見ると、ぼろぼろ泣
き出した。妹の主人はビルマで死んだのであった。
「まあ、その荷をおろしてから泣けよ」
と言ったら、チンカランチンと音をさせて袋をおろし、中から大きな
振り子時計を引き出した。それはふるさとの家の茶の間にかかってい
た古風な物で、私の幼い日の思い出に残っている。
「途中でチンカラン、チンカランと鳴るものだから、皆から振り向か
れたのよ、兄さん」
 妹は涙もふかずに笑い出し、柱に時計を掛けた。ねじをかけると、
コッチ、コッチ、コッチと正しい周期で時を刻み始め、それといっし
ょに小屋の生きかえるのが感じられた。
「時計は家の心臓だな」
 妹は腕時計を見て、針を二時五十五分に合わせた。もう五分したら
時計が鳴る。幼い日に聞きなれたあの音が……。
「カヤノ、じっとして待っておいで。あの長い針が真上に向いたら鳴
るんだよ。三つ鳴るんだよ。ね、ボン、ボン、ボン、と三つ……」
「三つ鳴ったらおやつね」
「これがカヤちゃんなの、まあ……。おかあ――いや、おばさんがお
やつに石見のネーブルをあげましょうね」
 妹は涙ぐんだらしく、向こうむきになって背負い袋の中へそそくさ
と手を突っこんだ。
 私とカヤノは、息をつめて針の動きを見守っている。


    スイート・ホーム

「ハロー、ドクター」
 屋根の上に当たって、プルダン神父の声がする。
「ホエヤー・イズ・ザ・ゲート・オブ・エア・パレース?」
 貴君の宮殿のご門はいずこぞ? とは大変だ。
「ヒヤ、ヒヤ」
 私はあわてて中から板戸を開けた。占領軍将校の肩から下しか見え
ない。襟《えり》章で従軍司祭と知れた。もう一人は茶色のフランシ
スコ修道服を着たプルダン神父。二人とも首を屋根の上にのせている
ようだ。
「どうかお入りください」と言ったら、二人入ると宮殿がパンクする
でしょうと断られ、私も外へ出る。将校は飛行隊付の従軍司祭で、や
はりフランシスコ会員だった。腰をかがめ、中をのぞいてみて、聖マ
リアの白い像を見ると安心したように微笑した。
 私はあたりの家をひとつひとつ説明する。あれは生き残った三人の
少年が建てたのです。あれは父と娘と二人で建てたのです。あそこは
もと十一人家族でしたが……。
 若い夫婦二人でさかんにトタンを打ちつけている小屋が見える。新
妻が丸太の上に足をふんばってトタンを押しつけ、それを夫が口やか
ましくなんとかかんとか指図しながら釘づけにしている。風が吹きさ
らすものだから、トタンがあおられてお嫁さんも苦心さんたんである。
あのトタンを夕方までにかむせてしまえば、今夜から住まえるだろう。
「オオ、スイート・ホーム」
 そう言って、従軍司祭ははるかに祝福を送った。





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■ ノート ■
──────────────────────────────

 このコーナーは、本文の中にでてくるわからない言葉や、難しい
言葉の意味を解説するコーナーです。
 ときには図解もします。そのときはHP上にジャンプすれば図解説
が見られるようにします。

●カヤノ
カヤノさんは博士の長女。

●誠一
誠一さんは博士の長男。

[ 2005/10/12 11:41 ] [文芸]永井隆コレクション02〜ロザリオの鎖 | トラックバック(-) | コメント(-)
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