テキストファイル化騎士団

美と健康 豊かな感性と暮らしをもとめて

「フェルメールの真珠」(5)  

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■ Ventvert(湯地光弘)作「フェルメールの真珠」(5) ■
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 ふたりで出た街の中は無気味なほど静かだった。蒼白い月光がふ
りそそいでいるので、明かりがなくても歩けた。深い海の底を行く
ようで、息がつまる。それにだれかに尾行されているような感じが
する。いまにも鋭い短剣が飛んできて、玲子の背中に突き刺さるか
もしれない。だれかが急に飛び出してきて彼女の胸を抉るかもしれ
ない。薔薇色の鮮血が迸(ほとばし)るかもしれない。

 眼の前にゴシック建築の教会があらわれた。急にポーリンがふり
かえって合図した。教会で魔術師の集会なんてやるのかしら。玲子
は心の中でそう思った。すると、そこが灯台元暗し。隠れ蓑となる
のよと、青いターバンの少女が再びテレパシーで答えた。教会には
結界が張られていて、人間の声には敏感に反応するらしい。そこで
これからはテレパシーで会話をすることになった。

 亜空間をつくって結界の中に入るわ。ポーリンは右手でペンタク
ルの図形を目の前に描いた。すると、そこが銀色に輝いた。
「ほんとに、いろんな魔法を知ってるわね」と、心の中でいうと、
青いターバンの少女はちょっと哀しそうな顔をして、三千年以上生
きてると、いろいろ覚えるわ。さあ、行きましょう。

 ポーリンにつづいてペンタクルを潜(くぐ)ると、そこは教会の
内部だった。屋上にあがる階段の前だった。そこには立て札が立っ
ていた。
《聖ルカ組合の会合につき立入禁止》と書いてあった。聖ルカ組合
は画家たちを中心にした同業者組合のことで、私の肖像画を描いて
くれたフェルメールさんが若くして理事を務めているのよ。階段を
忍び足で進む彼女がすぐに応答したが、何かしら無気味な声がいく
つも重なりながら響いてくる。玲子は鳥肌が立ってきた。足が竦
(すく)んで動けない。それでもポーリンに手をひかれて階段を昇
っていくと、身の毛もよだつ声がだんだん大きくなる。二階の奥の
部屋から蝋燭のあかりがゆらめいている。まわりをみると、修道僧
が着るような頭巾つきのローブがそばにあったので、ふたりともそ
れを身につけて奥の部屋に近づいた。心臓が高鳴る。手が汗ばむ。
すぐにもここから逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。

 と、ふいに無気味な声がやんだ。それでふたりは部屋の入口から
そっと中に入った。黒ずくめの人間が意外に多かった。中は狭いく
らいだった。五十人ぐらいはいるだろうか。一段と高くなった壇上
には若い少女が裸体のまま、あたかも生贄のように仰向けにされて
いる。祭司の役目をしている男が長剣を上に掲げ、呪文を呟きなが
ら、しだいにソードを少女の裸体に近づけていく。生贄の少女の顔
が見えないので、玲子たちは他のひとに気づかれないように移動し
た。その横顔が見えるところまできた。玲子はあっと思わず声を出
しそうになった。見覚えのある黒髪の女性だったからだ。ただ、年
齢は遥かに若くなっている、玲子のように。そしてかなり痩せてい
る。彼女が知っているひとは太っていた。二十歳くらいまでは痩せ
ていたといっていたが、失恋して滅茶苦茶食べたそうだ。自棄食
(やけぐ)いだ。それでからだがぶくぶくと太ったらしい。けれど、
たしかにあのひとだ。あのひとにまちがいない。

 玲子はポーリンの手を振り切って生贄の少女のかなり近くまで進
んだ。そして彼女の耳もとで、湯田先輩、湯田先輩とささやいた。
目を閉じていた少女は恍惚感に浸っていたが、玲子が何度も自分の
名前を呼ぶので、はっと目を覚ました。それからゆっくり声のする
方に顔を向けた。
「れ・い・こ・ち・ゃ・ん?」
[ 2005/11/22 21:05 ] [文芸]フェルメールの真珠 | トラックバック(-) | コメント(-)

■ Ventvert(湯地光弘)作「フェルメール真珠」(4) ■ 


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■ Ventvert(湯地光弘)作「フェルメール真珠」(4) ■
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「たぶん、今夜は魔術師たちの集会があるわ」
 月光を仰ぎながら、青いターバンの少女はいった。その目はとて
も美しかった。玲子はその目に見惚れていて、言葉の意味がすぐに
は飲みこめなかったが、やがて思い出したように、
「え? 魔術師ですって?」と、思わず声が高くなった。
「しっ、静かに。だれかに聞かれるとまずいわ」
 ポーリンは玲子の手を握って窓から離れた。
「こんなに冴えた月光の夜は魔術師たちの集会がよくあるの。たぶ
ん、湯田さんも来てるかもしれないし、私の真珠の耳飾りもそこに
置いてあるかもしれないわ。一緒に行く?」
「ええ……。でも、それほどその真珠の耳飾りはだいじなの?」
「うん、とっても。真珠のようにみえるけど、実際はちがうの」
「ちがうって?」
 一瞬、息をのんだあと、ポーリンは意を決したように、静かに口
を開いた。
「真珠じゃなくて、ひとの骨からつくられた耳飾りなの。それも、
ただの骨じゃない。奇跡を起こしてきたひとの骨なの。詳しいこと
はまだ話せないわ。いずれ、きっと話さなければならない日がくる
わ。そう、運命としかいえないようなことがね……」
 真面目にポーリンの話を聞いていたが、やがて言いにくそうに、
「あなたの耳飾りが非常に大切なことはわかったわ。でも、わたし、
からだが少し変なの」
 玲子は自分のからだをみた。全体的にほっそりしてるし、手の皮
膚が若くつやつやとしている。
 ポーリンは微笑しながら、
「あなたが若くなったからだわ」といって、玲子を装飾された鏡の
前に連れていった。
「あっ!」と思わず声が洩れた。青いターバンの少女と同じくらい
若くなっていた。十七歳ぐらいの姿に見えた。信じられなくて、玲
子は鏡を見ながら、両手で顔を撫でまわした。
「いったい、どうしたの?」
 びっくりしている玲子をみて、ポーリンはくすっと微笑して、
「この世界では、私と同じくらいの若さのままで生きられるの。年
をとっていても、からだの細胞が蘇生してしまうのよ。だから、私
なんか、相当な年なんだけど、いつまでも若々しく生きられるの」
「ふーん、そうなの?」いまだに信じられないといった顔で自分の
手をながめていた玲子は、
「湯田さんも、若くなってるのかしら」と訊いた。
「ええ、そうよ。だから、元の世界になかなか戻ろうとしないわ。
戻らないのは、それだけじゃないけど……」
 そして急に真面目な顔になって、
「じゃ、いまから魔術師たちの集会場に行くけど、ほんとにいいの
ね。とても危険なところよ」
 玲子も真面目な顔になって深く頷いた。
[ 2005/10/17 18:10 ] [文芸]フェルメールの真珠 | トラックバック(-) | コメント(-)

■ Ventvert(湯地光弘)作「フェルメール真珠」(3) ■ 

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■ Ventvert(湯地光弘)作「フェルメール真珠」(3) ■
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「どうしたの、なんで……」玲子は少女の眸をみつめながらテレパ
シーで訊ねた。
「ほんとうの私がいる世界にいけば、この結界を破れると思うの。
そこで私のつけていた真珠の耳飾りを手に入れたら、あの魔術師の
魔法を解くことができると思うの」
 女の子は左手をそっと耳にあてた。たしかにそこにはイヤリング
はなかった。
「でも、まだ、だれも成功したことがないわ。あなたもよくご存じ
の友達もいたけど、向こうの世界に行ったまま、まだ、こちらの世
界に戻って来れないの……」
「だれなの、それは?」
「湯田祥子(ゆだしょうこ)さんよ。あなたの会社の先輩の」
 たしかにそのひとは会社の先輩だった。玲子より二歳上だから三
十二歳か。三か月前ぐらいから会社を無断欠勤している。田舎に帰
ったのか、それとも誘拐されたのかと一時期大騒ぎになった。その
先輩がこの店に来ていたとは……。玲子は自分もそうなるのかと心
配になり、自然に涙が出てきた。
青いターバンの少女は玲子を優しく庇うように、腰に手をまわして、
「でも、あなたが、この店に来ることは、前からわかっていたの。
なぜかは言えないけど、湯田さんも、あなたも、この店に来る運命
のひとだったの……」
「でも、どうして……?」
「いまは言えないの。でも、わたしを信用して。きっと、元の世界
に帰してあげる。湯田さんもいっしょに」
 玲子は落ち着いたのか、少女にどうしたらよいかと訊いた。その
前に、あなたの名前を教えてというと、ポーリンという返事が返っ
てきた。
「このわたしの肖像画から、向こうの世界に行くわね。安心して、
こわくないから。わたしといっしょにいれば大丈夫よ」
 それから、ポーリンは絵に向かって、何かの呪文を口のなかでさ
さやくと、玲子の手を握ったまま、そのなかに、すうっと、入って
行った。
 どれくらい経ったのだろうか、ポーリンの手を握ったまま、玲子
は目を閉じていた。耳の奥がキーンと超音波のようなもので塞がれ
ていたので、とても不安だった。頭のなかがぐらりとひっくり返さ
せられているような感じが続いて吐き気を催していた。
 これ以上がまんできないと思ったころ、不意に胸がすっきりして
爽やかな風を感じた。
「ついたわ」ポーリンがテレパシーではなく、声にだしていった。
 玲子はやっと目をあけた。まわりがぼんやりして薄暗かった。
「ここはどこ?」彼女も声にだして訊いた。
「十七世紀のオランダよ」ポーリンはまた声にだして答えた。その
声は木々の葉をそよがせる風のようだった。日本語が通じるのが不
思議だった。ひょっとすると、いま声にだしていると思っているこ
とも、テレパシーの一種なのだろうか。しかし、玲子の耳もとには
心地よい声がしている。
「私のふるさとよ」といって、ポーリンは部屋の中を歩きはじめた。
 目がなれてきた玲子には蝋燭の灯った燭台がみえる。たくさんの
キャンバスが部屋のあちこちに乱雑に置かれている。どうやら画家
のアトリエらしい。
 ポーリンが窓辺に立ったので、玲子も近づいた。
 外は夜のようだった。淡いブルーの色に染められて、古びた街の
建物の形がはっきりとわかる。月光だ。こんなに月のひかりが強い
のはあまり見たことがない。

[ 2005/10/17 17:51 ] [文芸]フェルメールの真珠 | トラックバック(-) | コメント(-)

Ventvert「フェルメールの真珠」(2) 


フェルメール「青いターバンの少女」原画同寸大 通常商品版【名画ドットネット】


 どれくらいそこにいたのだろう。はっきりわからない。すっかり
酔いが覚めたので、玲子は帰路についた。深い海底を進むようで、
何の音もしない。通りには車が走ってなく、森(しん)としている。
道に迷ったのかと心配になって駆けだした。すると、百メートルぐ
らい前方でチカチカ赤く光る看板があった。玲子の足は思わず速く
なった。うしろから誰かに追いかけられるような気がしていたから
だ。それでその店に飛びこんだ。
 照明があかあかと灯っていた。ヨーロッパのアンティーク家具が
雑然と置かれていた。絵画や壺などがそのあいだを埋めていた。彼
女は外の方を気にしながら、しばらく店の中にいたが、だれも出て
来なかった。それで奥の方へ声をかけた。けれど、応答はなかった。
誰かに尾行されているような感じがしたままなので、ドアの方に向
いたときだった。
 突然、背後から声がした。びっくりして玲子はふりかえった。
 女の子だった。青いターバンを頭に巻いた女の子が目の前に立っ
ていた。ひとめで外国の少女だとわかった。目の色がエメラルドだ
ったからだ。
 言葉がなかなか出てこなくて、ふたりとも見つめあうばかりだっ
た。
「こんばんは……」と最初に声をかけたのは玲子だった。
「こ・ん・ば・ん・は……」女の子も片言の日本語で答えた。しか
し、玲子の心にはそれが流暢に聞こえた。まるでテレパシーで話し
ているようだった。
 女の子はびっくりするくらい綺麗だった。肌の色がこんなに美し
いなんて……。ミルク色の肌って初めて見たわ……。それに目の色
ってガラス玉みたいにきらきらしてるわ……。玲子は心の中でそう
思った。
 その瞬間、いいえ、あなたもきれいよ。うらやましいくらいだわ。
玲子の耳にそういう言葉が聞こえた。
「えっ?」と、思わず彼女はからだを引いた。
 ごめんなさい、驚かしちゃったみたいね……。
 青いターバンの女の子の唇は動いてなかった。ただ、玲子の眸を
静かに見つめているだけだ。
 どうして声に出さないで喋るの? と、心に念じてみた。すると、
女の子はとても哀しそうな顔をした。そしてその細い肩は小刻みに
ふるえた。
 不意に奥から男があらわれた。黙ったまま玲子の前にくると、威
厳をこめた声で、「いらっしゃいませ」と、挨拶した。
「こんばんは……。いま、こちらの女性に、店の中を案内してもら
っていたところです」
「そうですか……」男は青いターバンの女の子を冷やかに見ると、
「ゆっくり、御覧になってください」といって、店の奥に消えた。
 すると、女の子の目が濡れてきて、ごめんなさい……と、心に伝
えてきた。
 玲子は奥の方に男がいないのを確認すると、商品を見るふりをし
ながら、
「どうして、泣くの?」とテレパシーで訊いた。
 女の子の涙は床に落ちて、金属音を立てた。よくみると、足元に
は透明な石がころがっている。玲子はそれを拾い上げると、明かり
に翳した。
 ダイヤモンドだった。
「凄い、凄いわ……」玲子は思わず声を上げそうになった。
 けれど、ターバンの少女は沈んだ声で、ごめんなさいと言うばか
りだったが、ようやくその訳を話しだした。あの男に見つかったか
ら、ここからは出られなくなったの。この店には結界が張られたか
ら、もう、あなたの住んでいた世界には戻れないのよ。
 ダイヤを手にした玲子はにこにこしたままで、その話を聞いてい
たが、たぶん冗談だろうと思って、店のドアから外に出ようとした。
しかし出られなかった。靄(もや)のようなもので蔽われていて、
外に出たと思った瞬間、ふたたび店の中に逆もどりするのだ。玲子
の顔がみるみる青ざめた。そしてからだがぶるぶるふるえた。
「でもね……」と、少女は玲子をいたわるように、
「ここから抜け出せる方法がなくはないの。とっても危険だけどね
……」
「ほんとう?」
 青いターバンの少女は軽く頷いた。そして微笑したまま、玲子を
ある絵の前に連れていった。それはこの少女を描いたものだった。
ラピスラズリ色のターバンを頭に巻き、黄色い服を着た真珠の耳飾
りをつけた少女の絵だった。どこかで見た記憶があった。たしか、
フェルメールという画家の作品だった。目の前にいる少女がそっく
りなので、あらためてびっくりした。

■ Ventvert「フェルメールの真珠」(1) ■ 

 月の雫(しずく)をからだじゅうに浴びていた。
 自動販売機で売っていた缶の蓋をあけたら、蒼白いミストが自分
のからだのまわりに立ち罩(こ)めた。なんだか、とっても気持ち
よくなって、裸足で歩いた。自然に唄いはじめた。
 お酒の酔いを覚まそうと、ふと思いついて、途中下車したバス停
から、ぶらぶらと歩いていたら、目の前に自動販売機があったので、
適当なボタンを押したら、月の雫の缶が出てきたのだ。
 それまでは悪酔いしていた。会社でむしゃくしゃすることがあっ
て、友だちと呑んだけど、ますます落ち込んだ。
 頭を冷やそうと、自宅近くのバス停では降りずに、途中下車した
のだ。そこには夜おそくまであいている店が多く並んでいるからだ
った。けれど、当てが外れて店はほとんど閉まっていた。そしてあ
たりも暗かった。
 そのときだった、空を仰いだのは。
 月の雫のおかげで、ふうっと、からだのちからが抜けた。
「なんか、ばっかみたい……」と、御門玲子(みかどれいこ)は、
ぽつんといった。
 三十歳になり、会社でも居場所が気になりだしていた。負け犬の
独身女と陰口を叩かれる。いくら仕事ができても、なかなか評価し
てくれない。それでストレスが溜まる。だから、上司に認めさせる
ために、ますます仕事にのめりこむ。しかし一向に評価されなくて、
ストレスを発散しようとお酒を呑みにいく。その繰り返しだった。
 しかし、今夜の月を見てからは、どうでもよくなった。
 ラピスラズリのような色だった。あたりの風景がその色に溶けて
いた。玲子のからだも染められていた。彼女は両手を思いっきり天
の方に伸ばした。そしてそのまま目を閉じて、ゆっくり深呼吸した。







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