月のひかりのもとでしか生きられないというひとがいた。昼間の太陽光線にあたるとからだが悪くなってしまい、いずれ死んでしまうという病気らしい。
だから、昼間は鎧戸を閉めたうえに、分厚いカーテンを引いて太陽光線を完全に遮断してしまうという。そのなかで電灯をたよりに仕事を進めていたようだ。プログラマーの仕事をしているといっていた。
病気についてのくわしいことは僕にもわからなかった。
ただ、インターネットをやっていると、このようなふしぎと印象に残るメールフレンドがいる。
そのひとは女性だった。フランス語と英語のできるフランス人だった。僕がアメリカのメルフレ募集のサイトに登録していたら、彼女の方からメールがきた。
自分より三歳年下だから、それほど若くはない。
実際、バカロレアという日本でいえば大学入学検定試験を受ける娘さんがひとりいた。そしてDIVだった。つまり離婚していた。僕たちの共通の話題は民俗学や歴史などであった。
たどたどしいフランス語と英語で手紙を送った。相手の女性はそれに根気よくつきあってくれた。
しばらくしてから彼女に訊いてみたことがあった。さびしくはないのですかと。あとで考えてみると、何てばかな質問をしたのだろうかと悔やんだ。
それに対して丁寧に答えてくれた。
ふだんは娘といっしょに暮らしているから、それほどさびしいと感じたことはないわ。ただ、たまにそういう気分になるときがあって、そんなときは深夜に外に出かける。それも、ほかのひとが寝静まった午前二時ぐらいに。月がでているときだけしか出ないけれど。
そこで街のなかをさまようの。フランスは公園が多いから緑を求めていく。はじめはサンダルみたいなものを履いて外に出るんだけど、公園とか、土のあるところにくると、すぐに裸足になるの。その方がとっても気持ちがいい。足のうらに、冷んやりした感じが伝わってきたときなんか、はしゃぎまわりたいくらいよ。まるで、真夏の暑い午後に、深い井戸水から汲んだ冷たい水に足をさらしたときのよう。
それから蒼白いひかりが漲る力と勇気を与えてくれるの。プログラムを組む仕事ばっかりやっているので、ストレスがたまってくる。だから、月光のもとで深呼吸をする。肌が見違えるほど美しくなるのを感じるわ。ゆったりとした気分になって、からだがひとりでにスイングしてしまう。
あるとき、思いきって裸になったことがあるの。だれもいない森のなかでね。そこは街のはずれにある公園で、そばにはそれほど大きくないけど、池もあるの。しんと静まりかえっていて。神秘的なひかりが水面をきらきらさせている。
娘に連れていってもらったから、彼女も裸になって池のなかにはいったわ。月あかりの下でみると、まるで妖精のようだった。私もいっしょに泳いだの。とっても気持ちよかった。
あなたも月光浴をされてはいかがですか。
このようなことがフランス語で書かれていた。
妖しく、神秘的な月のひかりがあらわれると、僕は部屋の電灯を消して闇の中にいるようにすることがある。外出まではむりだが、家の中で月光浴をする。
街の中にいるから漆黒の闇というわけにはいかない。けれど、深夜の午前二時すぎともなれば、さすがに物音はしない。耳をすますと、隣の部屋からパソコンの音がするくらいか。
ガラス戸を開け放したベランダから蒼白い月光が漏れてくる。何度も何度も、深く呼吸をする。すると、だんだんと蒼の世界に入る。部屋に置いてある埴輪などが不気味に感じられる。息をしているように思えてくる。この妖しいひかりのなかでは見えないものも見えてくるようだ。彼女の裸体もそこにある。フランス人の彼女の喘ぎ声が耳もとでささやいている。ああ、彼女もまた月光浴をしに行きたいのだなあ。そう思って目をとじて、彼女の裸体のある空間を抱きしめる。ふしぎなことに、たしかに女のからだを抱いた感触が僕のからだ全体に広がってくるのだった。